東京地方裁判所 平成7年(ワ)25982号 判決 1996年8月22日
原告
株式会社翔デザイン研究所
右代表者代表取締役
小林雅雄
原告
シグナ・インシュアランス・カンパニー承継人
シグナ傷害火災保険株式会社
右代表者代表取締役
ビー・キングスリー・シューベルト
右両名訴訟代理人弁護士
下平坦
被告
横浜堀田産業有限会社
右代表者代表取締役
黒須秀光
被告
共栄火災海上保険相互会社
右代表者代表取締役
鈴木秀治
右両名訴訟代理人弁護士
江口保夫
同
江口美葆子
同
豊吉彬
同
山岡宏敏
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告らは、各自、株式会社翔デザイン研究所(以下「原告翔デザイン」という)に対し金一〇万円、原告シグナ・インシュアランス・カンパニー承継人シグナ傷害火災保険株式会社(以下「原告保険会社」という)に対し金六二一万〇三九八円及びこれらに対する平成八年一月二四日(本件訴状送達日の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告翔デザインが、被告横浜堀田産業有限会社(以下「被告横浜堀田産業」という)の所有する車両の保管管理に過失があったため、第三者が同車両を窃取して運転したために生じた事故によって損害を被り、また、原告翔デザインとの間で建設工事保険契約を締結していた原告保険会社が原告翔デザインの右損害について保険金の支払をしたなどとして、被告横浜堀田産業に対しては不法行為に基づき、同被告と右車両について対物保険契約を締結していた被告共栄火災海上保険相互会社(以下「被告保険会社」という)に対しては被告横浜堀田産業の有する保険金支払請求権の代位行使に基づき、それぞれ損害賠償等の支払を求めたという事案である。
一 争いのない事実など
1(当事者)
(一) 原告翔デザインは、建築の設計、施工等を業とする会社である(弁論の全趣旨)。
原告保険会社は、火災、海上その他の損害保険事業等を目的とする損害保険会社である。
(二) 被告横浜堀田産業は、一般区域貨物自動車運送事業等を目的とする会社である。
被告保険会社は、火災、海上その他の損害保険事業等を目的とする会社である。
2(本件車両の駐車状況)
被告横浜堀田産業では、横浜市港北区篠原町三一六九番地外所在の土地(JRの線路の高架沿いの土地。以下「本件駐車場」という)を同被告の所有する業務用車両の駐車場として利用し、同被告の従業員らは、業務終了後にこれら車両を同所に順次駐車していた。
3(本件事故の発生)
氏名不詳者は、平成七年七月三一日午前三時五〇分頃、本件駐車場に駐車されていた、被告横浜堀田産業の所有する業務用車両(横浜八八あ二四八三。以下「本件車両」という)を窃取した上でこれを運転し、横浜市港北区綱島西二―二―一三先に所在する、原告翔デザインが建設工事中の建物(以下「本件建物」という)に衝突させ、破損させた(以下、右衝突事故を「本件事故」という)。
4(保険契約の締結)
(一) 原告翔デザインは、本件事故当時、原告保険会社との間で、本件建物の建設工事につき、建設工事保険契約を締結していた(甲三号証、七号証の一ないし三、八号証)。
(二) 被告横浜堀田産業は、同事故当時、被告保険会社との間で、本件車両について対物保険契約を締結していた。
二 争点
1 被告横浜堀田産業の不法行為責任
(原告らの主張)
(一) 被告横浜堀田産業は、本件駐車場に本件車両を駐車するに当たり、同所に管理者を置かず、かつ、出入口に門扉、チェーンや鍵等の設備を設けていなかったから、同駐車場は、部外者が自由に立ち入れる状態にあった。
しかも、被告横浜堀田産業は、日常的に、その従業員に対し、業務終了後、本件車両のエンジンキーを同車両の右前輪泥よけ内側にあるL字型金具に掛けさせた上で本件駐車場に駐車させていたため、同車両の鍵を鍵穴に差し込んだまま放置していたのに等しい状況にあった。
(二) そうした中で、被告横浜堀田産業の従業員は、平成七年七月三〇日午後六時過ぎ頃、本件駐車場に本件車両を駐車した際、いつもどおり、本件車両のエンジンキーを右前輪泥よけ内側にあるL字型金具に掛けたままの状態にした結果、前記のとおり、第三者が翌三一日午前三時五〇分頃までの間に本件車両を盗取してこれを運転し、本件事故を惹起した。
(三) 被告横浜堀田産業は、本件車両の所有者として、本件車両が盗難に遭うなどして危険な運行の用に供せられることのないよう、十分な保管管理を行うべき注意義務があったにもかかわらず、前記のような状況の駐車場に前記のような態様で同車両を駐車させ、鍵を放置した過失によって、本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条による責任を免れない。
同被告の車両の保管管理には、以上のとおり重大な欠陥があり、本件事故は、起こるべくして起こった盗難事故による帰結というほかない。
(被告らの反論)
(一) 本件駐車場はJRの線路の高架の裏側に位置しており、もともと、この高架下から同駐車場に通ずる道路を利用する者は、高架裏側の土地を自社の駐車場や商品車両の保管場所として利用する被告横浜堀田産業、自動車販売業者及び設備業者の三社にすぎず、同所付近は、一般道路からは隔絶された場所にある。そして、本件駐車場の出入口は、フェンスや有刺鉄線等の合間に設けられており、同所には管理者の看板が掲げられている。
また、本件車両は、貨物用トラックであり、一般には盗難に遭い易い車両ではないばかりか、前記盗難当時、施錠されており、エンジンキーも鍵穴に差し込んだままの状態にあったわけではないから、一般の路上駐車が盗難にあった場合とは事情を異にしている。
さらに、被告横浜堀田産業では、黒須秀光を責任者として、本件駐車場に駐車中の車両の点検等の保管管理を行っている。
したがって、被告横浜堀田産業は、本件車両の保管管理義務を尽くしており、本件車両の盗難について過失はない。
(二) また、本件事故は、窃盗を行った第三者が運転開始後間もなく一方通行を逆行するような形で自爆的に起こした自損事故であり(さらには故意による器物損壊事件とも考えられる)、そのような運転方法によって生じた本件事故は、被告横浜堀田産業の車両の保管管理の問題とはおよそ因果関係がなく、また、同被告においてはそのような事故の発生を予見することはできなかった。
2 被告保険会社の責任
(原告らの主張)
被告保険会社は、被告横浜堀田産業との間で前記対物保険契約を締結しており、同被告が本件事故によって発生させた後記損害を賠償すべき立場にある以上、被告保険会社は、右損害について保険金を支払うべき立場にある。
したがって、原告らは、本訴において、被告保険会社に対し、被告横浜堀田産業に代位して右保険金の支払を求めることができる。
(被告らの認否)
原告らの主張は、保険契約締結の事実を除き、すべて争う。
3 原告らの損害額
(原告らの主張)
(一) 原告翔デザインは、本件事故当時、本件建物を建設中であったところ、同事故により、正面のステンレス製フロントサッシ、軽量シャッター等が破損し、その復旧工事のために、金六三一万〇三九八円の損害を被った。
(二) 原告翔デザインは、右損害につき、原告保険会社との間で締結していた前記建設工事保険契約に基づき、平成七年一〇月二五日、約定の免責額金一〇万円を控除した金六二一万〇三九八円の保険金の支払を受けた。
そのため、原告保険会社は、右保険金支払額の限度で、被告らに対して代位により求償権を取得した。
(被告らの認否)
原告ら主張の事実はすべて不知、その主張は争う。
第三 当裁判所の判断
一 本件駐車場付近の状況と本件事故発生に至るまでの経緯について
証拠(甲一、二号証、乙一、二号証)及び弁論の全趣旨によると、本件駐車場は、JRの線路の高架沿いに位置し、高架下から同駐車場へ出入りするようになっており、他への通り抜けはできず、その周辺には一般住宅は存在しないこと、本件駐車場は、被告横浜堀田産業のほか、自動車販売業者及び設備業者が専用の駐車場として共同して使用していること、右自動車販売業者は、自己の使用部分の周囲をトタン塀で囲っているが、被告横浜堀田産業ではそのような囲いを設けておらず、駐車場出入口付近から高架に沿って、一部鉄線を張った柵や木杭等が並んでいるが、同出入口自体には門扉、チェーンや鍵等の設備はないこと、本件駐車場においては、出入口付近に「管理(株)エーアンドアール」と記載された看板があり、また、前記自動車販売業者の使用部分には大きな自社看板が立っていること、本件駐車場付近では、夜間は、前記自動車販売業者設置の看板上に電灯があるくらいで、かなり暗いこと、被告横浜堀田産業では、横浜営業所の業務用車両一〇数台(本件車両を含む)を同所に並べて駐車していたこと、本件車両は、四トン貨物車であること、被告横浜堀田産業の従業員ロクイ裕子は、平成七年七月二九日夜、本件駐車場に本件車両を駐車し、ドアを施錠の上、従来どおり、エンジンキーを右前輪泥よけ内側のL字型金具に掛け、泥よけを降ろしてエンジンキーを見えないように隠したこと、被告横浜堀田産業では、翌三〇日、本件車両外三台のタイヤ交換と点検作業を行い、それが終了した午後六時頃、施錠の上、前記と同様の方法によりエンジンキーを隠したこと、同月三一日午前、被告横浜堀田産業では、本件車両が本件駐車場に置かれていないことを知ったが、同車両が盗まれた上で本件事故を起こしていたことを知ったのはその後の警察からの連絡によってであったこと、被告横浜堀田産業においては、本件車両を含む大半の車両について、エンジンキーの保管につき前記と同様の方法を採っていたが、これまでの間に盗難事故に遭ったことはなかったことが認められる。
二 被告横浜堀田産業の不法行為責任について
1 前記一で認定した事実関係によると、本件車両は、盗難に遭った際、前記認定のとおり、ドアが施錠されており、エンジンキーは外部から一見して分からないような車輪泥よけの内側部分に収納されており、さらに、本件車両は、路上や空き地に漫然と駐車されていたものではなく、外部との遮断が十分でないとはいえ、被告横浜堀田産業を含む三社の専用の駐車場に駐車されており、同駐車場には前記のような柵や看板等も設置されていたのである。
以上のところからすると、本件車両は、外部とは区画された専用の駐車場に置かれていたものであり、その車両の形状、本件事故当時の施錠と鍵の収納状況等に照らし、被告横浜堀田産業に本件車両の盗難予防上の保管管理について過失があったとは認められないというべきである。
2 この点について、甲二号証(調査報告書)中には、前記のような鍵の収納方法は、車に詳しい者であれば、容易に鍵を発見し得るものであったから、被告横浜堀田産業の本件車両の管理は杜撰であったとする記載部分がある。
しかしながら、被告横浜堀田産業では、前記のように車輪泥よけの内側部分に鍵を隠すというような方法を採っていた以上、第三者が本件車両のような貨物車両の窃取を企図し、鍵を探し出した上でこれを持ち出そうとすることまでを予見し、又は予見てきたものとはいえないから、同被告の鍵の保管方法に過失があったとすることはできない。
3 のみならず、原告らの本訴請求は、本件車両の運転走行によって発生した事故による損害の賠償等を求めるものであるところ、本件事故は、前記のとおり、被告横浜堀田産業に関係があるとは認められない第三者が本件車両を窃取した後に本件駐車場外の道路を運転走行している際に発生させたというものであり、同被告の車両の保管管理と本件事故の発生との間には、第三者の故意による車両窃取と運転走行上の過失行為が介在するのであるから、右両者の間に相当因果関係があるとは認められず、また、同被告において本件事故の発生を予見し、又は予見できたものとも認められない。
4 以上によると、被告横浜堀田産業につき、本件事故の発生について過失があり、不法行為責任を負うべきであるとする原告らの主張は理由がない。
したがって、原告らの被告横浜堀田産業に対する損害賠償請求及びこの請求権の存在を前提とする被告保険会社に対する保険金支払請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。
三 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官安浪亮介)